チラシ印刷の最適化
三月に入ると突然、売れなくなった。
六〇万から七〇万台売れたあたりで、勢いがピタリと止まってしまったのである。
あの『鉄拳』が三月に発売されたものの、期待したほど売れない。
ナムコの『鉄拳』は、アーケードでは人気が高く、これを家庭用に移植したら大ヒットは間違いなしと言われていたものだ。
あれほどの実力ソフトなのに、期待したほど売れない。
なぜかと分析してみると、「すぐに察知がつきました。
三万九八〇〇円の値段でハ-ドを買ってくれる層、つまりコアユーザー層には、もうあらかた行き渡っていたんです。
『鉄拳』でも火が付かないから、深刻でした」。
もう一つ、おかしいことがあった。
実販価格が下がらないのである。
デイスカウンターでも、発売以来ずっと定価販売が続いていた。
人気と品不足も手伝って、実販価格は三万九八〇〇円のリストプライスそのまま。
しかも、うっかりして、ほかのゲ-ムハ-ドの掛け率より一〇から一五パーセントも低い仕切りで出していたのに、それが値下がりの要因になっていない。
「値下げだ!」。
誰ともなく、こう言い出した。
思い切って定価を下げよう。
下げ幅は…一万円だ。
「実は、どこかのタイミングを狙って、ハードの価格を下げ始めようとは思っていました」。
Kは言う。
「ゲ-ムビジネスはSのオーディオ&ビジュアル商品とはビジネス構造、マージン構造が違うんです。
AV機器はそのハードで適性な利益を得なければなりませんが、ゲーム機は、ソフトとハードで総合的に収益ポ-トフォリオを描くんです。
ハードは安くしても、その分台数を増やしてソフトで稼?ということが、ごく普通だし、むしろ、時間と共にハ-ドはどんどん値下げしていくのが正しい姿なんです」。
ところが、現実にはそうはなっていないという思いと、そうしたいという熱意と、売れ行き不振の現状からの脱皮願望を総合すると、結論は一つしかなかった。
「定価を値下げだ!一万円!」。
そこで突然、ドルで三万九八〇〇円から二万九八〇〇円への値下げを発表した。
と同時に販売店に対して仕切り率の引き上げを通達した。
ところが思わぬところから反対の声が上がった。
それがお膝元のS本社の国内営業本部からだった。
発売して半年足らずで一万円も値下げし、仕切りを上げるのは、AVや家電流通の商習慣になじまないし、前代未聞だとの強硬な批判が吹き出したのである。
量販店からは、「一万円も下げるのなら、もうS製品は扱わない」という声も上がった。
特にプレイステーションがゲ-ム機としては異例なほど販売底マージンが高かったから、こうした反応が出た。
Oまでが、こう言ってきた。
「Sの製品なのに、ものを変えないで、値段を下げるなどということは、あってはならない。
Sの歴史の中で、同じ製品を売っている途中で、値下げしたことなど一度もない。
今の製品を売っている販売底に対して、ひいては今の製品を買ったユーザーに対して申し訳が立たない」。
なぜこんなにこじれてしまったかというと、S本社に対して、まったく根回しをしていなかったからである。
こうした大事なことをやるには、その前に関係各位にあらかじめ、かくかくしかじかでこうやりたいと思いますので、その節はどうぞよろしく、と根回しをするものだが、そんな発想はT、K、Yの三人には、微塵もなかった。
ただただ差し迫ったハードルを乗り越え、再び、プレイステーションを成長軌道に乗せることで頭がいっぱいだった。
Sへの根回しなんて、誰も思い付かなかった。
Sの圏内営業本部の首脳が凄い剣幕で怒鳴り込んできた。
ところがTたちは「ゲ-ム機に値下げは、当然ですよ」と答えたものだから、きあ大変、火に油を注ぐようなものである。
本社側はさらに激怒した。
「価格を下げたら、その経営に対する影響を綿密にシミュレーションし、その結果として、万全の対策を取ったのか」とも問い詰められた。
「いや、なにもやっていませんよ」。
こんなスタッフに経営を任せておいてよいのだろうかと、S内部ではT更迭論も出た。
Tなんかに経営を任しては置けない、クピだ!と怒号が飛んだ。
大胆なコスト割れも・・・。
「シミュレーションなどしていない」と言ったのは本当だった。
シミュレーションなどやってもやらなくても、現実に収支はまったくの赤字になることは確実だった。
その赤字がいつ解消されるか、そんなメドが容易につくわけはなかったから、シミュレーションなどは二の次だったのだ。
もともと最初の段階では、経営が成り立たないほどの規模で赤字になると見られていた事業であった。
だから、シミュレーションなんか、する気にもならないというのが、本音であった。
ー九四年二月(発売の十カ月前)。
SCEIの主要メンバーは三浦半島のリゾートホテルの「まほろば」で、一泊二日の合宿を持った。
バブル期に建設された高級マンションが売れ行き不振で、リゾートホテルになったものだ。
三LDKの一室で、夜七時からブレーンスト-ミングが始まった。
このブレストで、流通政策、マ-ケイテングのやり方が、あらかた決まったという重要な会議だった。
この時、唯一、決定できなかったのがハ-ドの価格だった。
若手のメンバーが価格について、侃侃誇誇の議論を戦わせたが、肝心のTとY、Kがその場にいないので、結論が出ない。
T、Yがまほろばに到着したのは、夜の十時をとっくに過ぎていた。
すでに議論は、あらかた終わり、宴会の真っ最中。
Tが宴会場の襖を聞けたとたん、二五歳の販売促進担当のヤリ手の女性社員が、酔っ払って勢い良く抱き付いて来た。
「ゼッタイに、ニッ・キュ-・パじゃないとダメ」抱き付かれながら息苦しいなかで、Tはこりやまずいことになったと思った。
メモリが予想したほど下がらないのである。
メモリ価格の過去の経験則では、そろそろ下がり始める筈なのに、市場価格は逆に上がっている。
パソコンブ-ムの余波で、異常な高値状態が続いていた。
原価をはじくたびに、毎回、コストが上がっていくという有様だった。
そんな事情を秘めていたから(そこまでは社員には公開していない女性社員の甲高い要求に困った顔をするしかなかった。
女性社員はそんな事情を知らないから、ゲーム機の価格が安ければ普及するという正論をぶつけたに過ぎなかったのだが・・。
「ニッ・キュー・パなんて、絶対に無理だ…」Tは心の中のつぶやきを押し殺し、それからも宴会がお聞きになるまで、突き上げられまくったメモリは時間の経過と共に、いつかは必ず価格が下がって行くとはKの説だったが、現実は予想が外れ、高騰状態が続いている。
定価を三万九八〇〇円に設定したのは、メモリ価格が近い将来に低下することが前提だった。
しかし、その前提条件が崩れているのだ。
しかしKはこんな事態になっても、相変わらず、楽観的にもメモリ価格は必ず低下すると見ていた。
「これはまったく心配することはない。
山が高ければ、必ず谷も低くなるんです。
それに競合メーカーもメモリを使っているわけだから、状況は同じ。
だからどれほどの出血に耐えられるかの問題です」(K)。
現実にはそれからも高価格はしばらく続き、発売開始された九四年末になっても、なかった。
結局、九五年いっぱい高値が続いた。
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